大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)2569号 判決 1982年2月05日
原告 宇野重雄
右訴訟代理人弁護士 南野雄二
右同 伊賀興一
被告 久保田鉄工株式会社
右代表者代表取締役 廣慶太郎
右訴訟代理人弁護士 小長谷國男
右同 今井徹
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は、原告に対して、二二一五万七九七四円およびこれに対する昭和五五年五月一四日から年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 仮執行宣言
(被告)
主文同旨。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 当事者
1 被告は、土木機械の製造販売等を業としており、資本金約六億四六〇〇万円、全国二〇か所に工場を、各地に支店営業所等を有し、従業員数約一万八〇〇〇人を擁する会社である。
2 原告は、後記事故当時被告の従業員であり、大阪府枚方市大字中宮一四二三番地の二所在被告枚方機械製造所(以下「枚方工場」という。)の資材課員で、木型検査(鋳造のための木型の寸法等の検査)を担当していた技術者であって、本来、後記事故に至った搬入作業とは関係なく、同作業は被告の従業員訴外原が責任者であった。
二 労災事故の発生と原告の障害
1 原告は、昭和五二年四月一一日午前八時ごろ、後記事故現場から五〇〇メートル位離れた木型置場で、本来の業務のひとつである木型整理作業に従事していたところ、前記原が本件木型搬入作業を手伝ってほしいと伝えにきた。原告は、中川吉太郎とともに、搬入作業を手伝うことにし、同日午前一〇時五〇分ごろ事故現場である二号倉庫に至り、原告が地上でパレテーナ(鉄製籠)に木型を入れ、原と中川が倉庫二階でホイストクレーンによって右籠を吊り上げ、二階倉庫に搬入することになった。
2 原告もしくは中川が、パレテーナにナイロンスリングを掛けて、ホイストクレーンで右パレテーナを地上に下ろした後、原告は、これに木型を積み込み、少しパレテーナを上げさせた状態で、パレテーナの水平と揺れの有無を確認してから、手首を回転させて吊り上げの合図をした。原らは、この合図に従ってパレテーナを吊り上げていったところ、パレテーナを支えていたナイロンスリングのうち一本がホイストクレーンのフック(鈎吊具)からはずれ、右パレテーナおよび中の木型が落下した。原告はこのときパレテーナから目を離しており、中川の「宇野さん危い。」との声に一瞬身を避けて振返ったが、落下してきた木型もしくはパレテーナに頭部を直撃された。
3 原告は右事故により、頭部打撲挫創、頭蓋骨骨折頸椎捻挫、第七頸椎、第一胸椎棘突起骨折等の傷害を負い、直ちに吉田外科病院へ入院してかろうじて命はとりとめたものの、同年六月二六日まで同病院に入院し、退院後も引きつづき関西医科大学付属香里病院に通院しなければならなかった。
4 被告は、昭和五三年六月原告に対し後遺症確定につき承諾するよう圧力をかけて、原告をして、労災保険の障害補償給付の請求手続をなさしめた結果、守口労働基準監督署は、同月二三日原告の障害を労災障害等級一二級と認定して障害補償一時金を支払った。
5 しかし、原告には、その後も前記負傷により次のような後遺症がある。
(一) 健忘症
記憶力が減退し自分でポケットに入れたものを忘れて探しまわったり、薬を飲んだこと、医者へ行ったことなどをすぐに忘れてしまい、家族に問う状況である。
(二) 歩行障害
歩行は回復のきざしはあるものの、昔は憲兵としてさっそうと歩けたのが、足を上げて歩けず、引きずって歩く(特に左足)。一〇分間程度の歩行でも、続けると涼しい時でも汗があふれたり、原告自身は道路端を真直ぐ歩いているつもりなのに、知らぬうちに中央寄りを歩いているということがある。
(三) 首の運動障害
首頭は、後屈はほとんど不可能で、左右(特に左)の回転、側屈が制限されている。
(四) 性格の変化
事故以前の原告は、温和であり怒る時も一言で終わりというものであったが、被災後はむっつりして怒りっぽく、家族にあたることが多くなった。また、それまでコツコツと文学書や史学書を読んでいたのであるが、事故後は根気が続かず、あきっぽい性格となった。
言葉も聞きとりにくく、聞き直すと、何度も同じことを言わせる、と怒る。
(五) その他
夜中に胸がつまりそうで苦しくなり、(原告の言葉では「のどに玉がこみあげてくるみたい」になり)昭和五四年一月五日から同年三月二九日までの間救急病院へ通うことが八回にも及び、その都度狭心症、もしくは高血圧との判断で治療を受けてきたが治まらず、現在の陳診療所において、右の症状も頭部外傷からくるものと診断されて投薬治療を受けるようになってから、かかる症状は相当程度治まり、救急病院に通うことはなくなった。
6 なお、原告が本件事故当時なしていた木型搬入作業の概要は次のとおりである。
(一) パレテーナは、二号倉庫二階に格納されており、作業の際には二階でこれにナイロンスリングをかけてホイストクレーンのフックに引掛けたうえ、これをホイストクレーンで吊り上げて倉庫二階表通路側に突出させ、地上に降す。
(二) 地上作業者は、降りてきたパレテーナを地上に着地させ、ナイロンスリングが緩む程度までフックを下げさせ荷物をパレテーナに入れる。この際ナイロンスリングはフックから外さずに、緩めたままの状態で行う。
(三) 積み込みが完了すれば、地上作業者はパレテーナから離れ、二階作業者に右手先を上下して吊り上げの合図を行い、二階作業者は、地上作業者の右手先の上下する間ゆっくりとパレテーナを吊り上げる。地上作業者は二メートル程度まで吊り上げた時点でパレテーナが水平に吊られているか大きな揺れがないかを確認のうえ、今度は右手首を回転させて引きつづき吊り上げるよう合図し、二階作業者は、この合図を待ってパレテーナを吊り上げる(本件事故は原告がこの合図をなし、荷物から目を離した時に発生した)。
(四) 二階作業者は、パレテーナを吊り上げたのち、これを二階倉庫内に入れ二階床面に着地させ、ナイロンスリングをホイストクレーンのフックから離さず緩めた状態で荷物を下ろし、再びホイストクレーンで地上へ下ろす。
三 被告の責任
被告は、雇用する労働者が被告の設置した施設・機械を利用して作業せざるを得ない以上、右労働者が右施設等を利用して就労する場合安全に作業できるよう配慮すべき雇用契約上の義務があるが、本件事故当時原、被告間には雇用契約関係が存在しており、被告は、原告に対して、右雇用契約上の安全配慮義務を負っていた。
ところで、本件事故当時原告が従事していた木型の搬入作業においては、前記のとおりナイロンスリングをパレテーナに掛けて、ホイストクレーンのフック部分に吊るして荷揚げを行うのであるから、被告は、右ナイロンスリングが掛けたパレテーナから外れないよう、また、右ナイロンスリングがホイストクレーンのフック部分に十分収まり、作業中にホイストクレーンのフックから外れることのないように、各部分を慎重に設計した用具を支給して作業させるべき具体的な義務があるにもかかわらず、「外れ止め」と称するきわめて粗雑かつちゃちで、容易に損壊する器具をホイストクレーンのフックに付けているのみで(ちなみに、本件事故の際にも損壊していたと推測される。)、他により安全な器具を設置するなどせず、前記事故に至らしめ、これによって原告に前記傷害等を負わせたものであって、これにもとづく原告の後記損害を賠償する義務がある。
四 原告の損害
1 逸失利益(昭和五四年三月以降のもの) 一五九六万六七二六円
二五万五六一六円(平均賃金)×一二(月)×六・五八九(ホフマン係数)×〇・七九(労働能力喪失率)
2 入通院並びに予測される後遺症慰謝料 合計八〇〇万円
3 入院付添費 二三万一〇〇〇円
一日 三〇〇〇円 七七日
4 入院雑費 七万七〇〇〇円
一日 一〇〇〇円 七七日
5 弁護士費用 二〇〇万円
なお、原告は被告および労災保険から左記金額を受けとった。
被告より見舞金として 三五万円
労災障害補償一時金として 一七六万六七五二円
原告の被った損害から右を差引くと、二二一五万七九七四円となる。
五 よって、原告は、被告に対して、前記雇用契約上の安全配慮義務懈怠にもとづいて、二二一五万七九七四円およびこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五五年五月一四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因に対する認否および被告の主張)
一 請求原因に対する認否
1 請求原因一の1の事実、同2の事実中、原告が本件事故当時被告の従業員であって、枚方工場の資材課員として、木型検査も担当していたことは認め、原告が木型搬入作業とは、本来関係がないことは否認する。原告の業務は、新作木型の検査、木型の搬出入および木型の保管整備をなすことであって、本件事故発生時の作業は、原告の本来の業務に属する。また、原告は、本件事故以前において木型搬入作業にいく度となく従事し、右作業内容を熟知していた。
2 請求原因二の1ないし4の事実中、原告が昭和五二年四月一一日午前八時ごろ木型置場で木型整理作業に従事していたこと、原告が同日午前一〇時五〇分ごろ二号倉庫に至り、原告が地上でパレテーナに木型を入れ、原と中川が倉庫二階でホイストクレーンによって右パレテーナを吊り上げ、二階倉庫に搬入することになったこと、ホイストクレーンによってパレテーナを吊り上げていく途中、パレテーナを支えていたナイロンスリングのうち一本がホイストクレーンのフックからはずれ、パレテーナと中の木型が落下し、原告は落下してきた木型かパレテーナに頭部を直撃されたこと、原告が事故後昭和五二年六月二六日まで吉田外科病院に入院したこと、退院後も引き続き関西医科大学付属香里病院に通院したこと、守口労働基準監督署が、同年六月二三日原告の障害を労災障害等級一二級と認定して障害補償一時金を支払ったこと、は認めるが、その余は否認する。
請求原因二の5の事実はいずれも知らない。仮に原告に右症状があるとしても本件事故との因果関係を否認する。
請求原因二の6(一)の事実を認める。同(二)中前段は認めるが、後段は争う。地上に降りてきたパレテーナに入れる際ナイロンスリングをホイストクレーンのフックから外すかどうかは状況によるのであって、外さないことになっていたわけではない。同(三)の事実中、パレテーナを吊り上げる途中、一旦これを止めて、パレテーナが水平状態になっているか等を確認することは認めるが、その高さが地上から二メートルとの主張は否認する。
3 請求原因三の事実中、ホイストフックに「外れ止め」が付いていることは認め、これが事故当時損壊していたことは否認し、その余は争う。
4 請求原因四の事実中、原告が被告および労災保険から原告生張の金員を受取ったことは認める(但し、被告から出た金は、見舞金ではなく、いわゆる法定外障害補償給付金である。また、労災補償として原告に支払われた一七六万六七五二円は、原告主張の障害補償一時金の外に障害特別支給金も含まれる。)が、その余は否認する。
5 請求原因5は争う。
二 被告の主張
1 事故発生の経緯
本件事故は次のような経緯で発生した。
本件事故当時、被告枚方工場二号倉庫木型荷受場においては、トラックの荷台から木型をパレテーナ(自重約七五キログラム、鉄枠、鉄鋼製の籠)に積み込み、このパレテーナをホイストクレーンで吊り上げ(積荷の重量は二〇〇キログラム)、二階の二号倉庫へ搬入する作業が行なわれていた。原告は、運送業者二名とともに木型をパレテーナに積み込み、次いで自分自身で玉掛作業を行なった(「玉掛」とはパレテーナにナイロンスリングをかけ、このナイロンスリングをホイストクレーンのフックに掛ける作業である。)。右玉掛を終わって、原告は、二階踊場にいる被告の従業員である中川吉太郎に玉掛完了の合図をした。これを受けて、右中川はペンタント操作を行ないパレテーナを吊り上げたところ、地上約二メートル程上った地点で、フックからナイロンスリング六本掛の内一本が外れ、次の積み込み作業に入ろうとしてトラックに近づき、積荷の下に入った原告の左頭部にパレテーナの底部が接触した。この時原告はヘルメットを着用していなかった。
2 本件事故の責任
(一) 本件事故は、専ら原告自身のしかも後述するように二重三重の初歩的かつ重大な過失によって発生したのである。被告には何ら過失はなく、また安全配慮義務の履行にも欠けるところもない。
(二) 本件事故は、フックからナイロンスリング六本掛の内一本が外れたことが原因である。フックにはナイロンスリングが外れないように安全装置として「外れ止め」が付いているが、本件事故発生時における玉掛作業の際、ナイロンスリングを外れ止めの内側に完全に入れていなかったため、ナイロンスリングが外れたのである。この玉掛作業は、前述したとおり原告が自ら行なっている。すなわち、原告が右作業の際、ナイロンスリングが外れ止めの内側に全部完全に入っているかどうかを確認する注意義務があるのに、それを怠ったことが本件事故の重要な原因である。この確認さえしておれば本件事故は容易に回避し得たことは明白である。
中川は、原告の玉掛完了の合図に従い、ホイストクレーンを操作したのであるから、中川に責任がないことももとより当然である。
ところで、玉掛作業を行なうには、技能講習を受け、労働基準局より資格を得なければならないが、原告はこの資格を取得している。フックにナイロンスリングがかかっていることを確認するのは右資格者にとってはいわば初歩中の初歩であって、原告の過失は極めて重い。被告会社においてもこのような事故は他に例がないのである。
もとより「外れ止め」には何らの欠陥はない。
(三) また、被告が定める玉掛安全管理要綱では「吊荷の下には絶対入らないこと」と定められている。右規程も、安全対策上初歩中の初歩というべきものであるが、原告はこれに違反している。原告がこの規程を遵守してさえおれば、本件事故は発生しなかったのである。
(四) さらに、被告構内作業安全心得では構内作業でのヘルメット着用を義務付けかつ原告はその旨の教育を受けているにもかかわらず、原告はこれにも違反しヘルメット無着用という無暴な状態で本件作業に従事している。原告がヘルメットを着用しさえしておけば、本件事故による原告の傷害は著しく軽減されていたことが明らかである。
3 原告が受けた給付
(一) 原告は傷病手当金として、昭和五三年九月二一日から昭和五四年三月八日まで日額六九三六円、さらに昭和五五年三月二〇日まで日額五八六四円の傷病手当金の支給を受けている。
(二) 原告は昭和五六年六月八日から厚生年金を受領する予定である。
(三) 原告は昭和五四年三月八日定年退職し、同日退職金として六一九万七〇〇〇円を、その後退職金規程の改正により同年一二月一九日退職金の追給として七九万四〇〇〇円を受領している。
第三証拠《省略》
理由
一 争いのない事実
請求原因一の1の事実(被告について)、同一の2の事実中原告が本件事故当時被告の従業員であって、枚方工場の資材課員として木型検査も担当していたこと、同二の1ないし4の事実中原告が昭和五二年四月一一日午前八時ごろ木型置場で木型整理作業に従事していたこと、原告が同日午前一〇時五〇分ごろ二号倉庫に至り、原告が地上でパレテーナに木型を入れ、原と中川が倉庫二階でホイストクレーンによって右パレテーナを吊り上げ、二階倉庫に搬入することになったこと、ホイストクレーンによってパレテーナを吊り上げていく途中、パレテーナを支えていたナイロンスリングのうち一本がホイストクレーンのフックから外れ、パレテーナとその中の木型が落下し、原告は落下してきた木型かパレテーナに頭部を直撃されたこと、原告が事故後昭和五二年六月二六日まで吉田外科病院に入院し、退院後も引き続いて関西医科大学付属香里病院に通院したこと、守口労働基準監督署が同年六月二三日原告の障害を労災障害等級一二級と認定して障害補償一時金を支払ったこと、同二の6の事実(木型搬入作業の概要)中まず二号倉庫二階に格納されているパレテーナに二階でナイロンスリングを掛け、これをホイストクレーンのフックに引っ掛けたうえ、ホイストクレーンで吊り上げて倉庫二階表通路側に突出させて地上に下ろすこと、地上作業者は、降りてきたパレテーナを地上に着地させ、ナイロンスリングが緩む程度までフックを下げさせ荷物をパレテーナに入れること、地上でパレテーナに荷物を積みパレテーナを吊り上げる途中、一旦これを止めてパレテーナが水平状態になっているか等を確認すること、同三の事実(被告の責任)中ホイストクレーンのフックに「外れ止め」が付いていること、同四の事実(原告の損害)中原告が事故の後被告から三五万円、労災保険から一七六万六七五二円をそれぞれ受取ったことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件事故の経緯
右の争いのない事実と《証拠省略》を総合すると次の各事実が認められる。
1 原告は、昭和二八年九月被告へ入社し、被告武庫川工場綜合検査課に配置され、以来木型検査(鋳造製ポンプ等の木型で、外注先から納入されたものの歪み、傷、もしくは寸法違い等をチェックする。)を主として担当してきたが、昭和四八年ごろそれまで被告枚方工場ポンプ部検査課に所属していたのが、同課に所属して原告と同じ仕事をしていた同僚とともに同部資材課に変わり、そこでは木型検査ばかりでなく木型整理(鋳造業者から返却されてきた木型を整理して倉庫等に格納・管理する。)もするようになり、本件事故(昭和五二年四月一一日)当時にはむしろ木型整理の仕事の方が多かった。
2 原告の同僚である中川、服部および原は、昭和五二年四月一一日(本件事故当日)午前一〇時ごろから枚方工場二号倉庫において、鋳造業者から返却のあった木型を右倉庫二階に格納・整理する作業をしていた。この作業は、①二号倉庫前地上でパレテーナ(鉄製籠)に木型を積む、②これにナイロンスリングを掛け、ホイストクレーン(吊り上げ荷重〇・五一五トンのもの。操作は倉庫二階で行なう。)のフックに引っ掛け、ホイストクレーンで二階まで引き上げる、③二階で木型をパレテーナから下ろし、倉庫に搬入整理する、というものである。
3 原告は、前記三名が木型を二、三回二階に上げた後に現場に到着し、前記作業に加わった。原告が加わった後は、原告が地上で、パレテーナへの木型の積み込みおよび玉掛け作業を、中川、原および服部が、二階で、ホイストクレーンの操作、玉掛け作業もしくは木型の搬入整理を、それぞれ分担することになった。
中川は、二階でナイロンスリングをホイストクレーンのフックに引っ掛け、ホイストクレーンで空のパレテーナを地上に下ろした。原告は、ホイストクレーンのフックからナイロンスリングを外さずに木型をパレテーナに入れたのち、地切り(パレテーナをわずかに上げて一旦止め、パレテーナが地面に対して水平かどうか等を確認する動作・作業)のためにパレテーナを上げさせ、パレテーナが地面に対して水平になっていることを確認し、二階でホイストクレーンの操作をしていた中川に合図してパレテーナを引き上げさせた。
パレテーナの底が右の引き上げにより地上から約二メートルになったとき、突然フックに掛っていたナイロンスリングの一本がフックから外れ、パレテーナは、中の木型とともに落下し、その底部の角が原告の頭部を直撃した。
4 原告は、同日大阪府枚方市北中振三丁目八の一四所在吉田外科病院に入院し、同病院において「頭部打撲挫創、頭蓋骨骨折→頭皮壊死(四×八センチメートル)、頸椎捻挫→左肩縮」の傷害を受けたと診断された(昭和五二年六月二八日付)。
三 被告の責任
1 安全配慮義務
前記事故当時原告が被告の従業員であって、原、被告間には当時雇用契約関係が存在していたことは、当事者間に争いがない。
ところで、雇用契約においては、労働者は使用者の指揮に服し、その指定した場所において、使用者の提供した設備、器具等を用いて労務の供給を行う義務を負い、使用者はこれに対応して労働者に対して報酬支払い義務を負うのであるが、使用者の義務は右の給付義務にとどまらず、使用者は、労働者に対して、使用者がその業務のために設置した場所、施設もしくは器具等の設置管理にあたり、また、労働者が使用者の指示のもとに遂行する業務の管理にあたり、労働者の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的な内容は、当該労働者の職種やこれに関する労働者の知識経験、地位および安全配慮義務が問題になる当該具体的状況等によって異なるべきものであるから、次に、本件事故の際被告が原告に対してどのような安全配慮義務を負っていたのかについて検討を加える。
前記認定事実のとおり本件事故当時原告がしていた作業は、地上でポンプ等の木製鋳型をパレテーナに入れ、これをホイストクレーンによって倉庫二階に上げるために玉掛け作業をするというものである。そこで、労働安全衛生規則(昭和四七年労働省令第三二号)、クレーン等安全規則(昭和四七年労働省第三四号、なお《証拠省略》によると本件事故の際に使用されていたホイストクレーンは同規則上の「クレーン」にあたることが認められる。)等の諸規定に照らすと、使用者たる被告は、前記の作業をしていた原告に対して次の措置を取るべき義務がある。
(一) 積荷の荷重にふさわしい強度を有するクレーン、ワイヤーロープ等の器具を設置・準備する(クレーン構造規格((昭和五一年労働省告示第八〇号))、クレーン等安全規則第二一三ないし第二一八条参照)。
(二) クレーン等の器具がどの程度の荷重に耐えられるものであるかを表示し、荷物を積む場合の目安を与える(クレーン等安全規則二四条の二参照)。
(三) クレーンには、玉掛け用ワイヤーロープ等が同フックから外れることを防止するための装置(以下「外れ止め装置」という。)等の安全装置を付ける(クレーン構造規格・第三節安全装置等、クレーン等安全規則第二〇条の二参照)。
(四) 積荷、パレテーナ等が万一落下した場合に、立入ると危険な地域を明示する等して、積荷の引き上げ時に作業員が積荷の下に立入ることを防ぐ(クレーン等安全規則二八条参照)。
(五) 物体の飛来または落下による労働者の危険を防止するための保護帽を用意して、着用させる(労働安全衛生規則第五三九条参照)。
(六) 玉掛け作業をする者やクレーンを操作する者に、使用する器具の安全な扱い方および安全な、または安全のための作業動作等について周知徹底させるべく、安全教育を行なう(労働安全衛生規則第三六条一五、一九号、クレーン等安全規則二二一条、クレーン取扱い業務等特別教育規程((昭和四七年労働省告示第一一八号))、玉掛技能講習規程((昭和四七年労働省告示第一一九号))参照)。
(七) 経験のない者や不慣れな者に危険な作業をさせる場合、熟練者といっしょに作業させるなどして、適宜、熟練の安全に関する指導、注意等の配慮を受けられるような態勢の下で作業させる。
なお、本件事故との関係で検討すべきなのは、本件事故の発生の原因と疑われる措置についてで足るから、《証拠省略》により認められる本件事故の際ホイストクレーンやフック等が破損していなかったとの事実(フックの外れ止め装置については後に検討する。)、また前記認定の本件事故の態様(吊荷を引き上げる途中でナイロンスリングがフックから外れ、吊荷が落下した。)よりすると、本件事故がホイストクレーンやナイロンスリング等の強度不足や過荷重が原因で発生したのではないことが明らかであり、本件事故の責任を考えるうえで被告が前記(一)および(二)の各義務を履行していたかを検討する必要はない。
2 被告の安全配慮義務の履行状況
(一) 前記1(三)(クレーン((ホイストクレーン))についての安全装置の装備)の義務について
本件事故の態様からすると、ホイストクレーンについての各種安全装置のうち本件事故に関して問題となるのは外れ止め装置である。
《証拠省略》によると、ホイストクレーンのフックには外れ止め装置が具わっていたことが認められるが、原告は、右の外れ止め装置はきわめて粗雑かつちゃちな損壊しやすいもので、本件事故のときも損壊していたと主張し、暗に右装置の損壊が原因で本件事故が発生したと主張するもののようである。そこで案ずるに、右各証拠によると、本件の事故時に使っていたホイストクレーンのフックに具わった外れ止め装置は、長方形の鉄板であって、それがフックの開いた部分を塞ぐように付けられ、バネの作用により外側に開こうとするが、フックの先端部分に引っ掛かり外側に逸脱しない構造になっていること、そして外側からナイロンスリングを押し込んだ場合には外れ止め装置は内側に開いて、ナイロンスリングはフックと外れ止め装置との間に入るが、内側からは外れ止め装置は開かず、ナイロンスリングはフックの外に逸脱しないようになっていること、また本件の作業の際にはフックにナイロンスリングの輪を四本掛けなければならないが、フックと外れ止めの装置の内側はこれら全部を入れるだけの空間があり、正常に入れれば全部きちんと納まること、が認められ、右の事実よりすると、外れ止め装置は、構造上十分その役割を果しうるものといえよう。ついでこれが本件事故のときに損壊していたか、また本件事故時の作業によって損壊したかであるが、証人中川の証言によると、本件事故の直後中川吉太郎が確認したときには、外れ止め装置が壊れていなかったことが認められ、本件事故のときにも損壊しておらず、また本件事故時の作業によって損壊しなかったと推認される。なお右証言によると、原告代理人が昭和五四年夏被告枚方工場に赴いた際、当該外れ止め装置が故障していたことが認められるが、これは事故からかなり後のことであり、たまたま原告代理人が赴いた際に故障していたということではあっても、前記認定およびこれにもとづく推認を覆すに足りない。
したがって、被告には、ホイストクレーンの安全装置のうち本件事故に関して問題になる外れ止め装置を具え、これが所期のはたらきをするように整備する義務の懈怠はない。
(二) 前記1(四)(危険地帯の表示義務)の義務について
《証拠省略》によると、本件事故当時、吊荷の直下にあたる地面には、パレテーナを置いた場合そこにパレテーナが納まり、なお余裕のあるような長方形の線が引いてあり、そのまわりに各辺が右の長方形の対応する辺の二倍前後になるようにコの字形(倉庫に向って開いている。)の線が引かれていること、右の長方形の中には「頭上注意」と書かれていること、が認められる。原告本人は本件事故当時には外形のコの字形の線はなかったと供述するが、証人中川が原告の事故後倒れていた位置を示すのに外側の線も基準に用いて証言していること、右の証言は原告の右供述よりも前になされていることに鑑みると、原告の右供述はにわかに措信できない。
右認定事実に《証拠省略》を照らすと、右の線は吊荷をホイストクレーンで上下させるときに、万一それが落下しても地上の作業員に危害が及ばぬように危険地帯を表示したものと認めるのが相当である。また前記認定事実によると表示の仕方も相当と解される。
したがって、被告には前記1(四)の義務の懈怠もない。
(三) 前記1(五)(安全帽の具備)の義務について
《証拠省略》によると、被告は、ヘルメットを用意し、これを原告を含む作業員に供与していたことが認められ、被告に右義務の懈怠はない。
(四) 前記1(六)(安全教育)および(七)(監視・指導態勢)の義務について
右の(二)ないし(四)で検討したとおり、被告は本件事故に関して問題になる物的な安全措置を実行していたといいうるうえ、前記認定事実(「本件事故の経緯」)および原告本人尋問の結果によると、原告は、フックからナイロンスリングを外さずに、二階から下ろされてきた状態のままのパレテーナに木型を積み込み、パレテーナを上げる際には、下ろされたときには異常がなかったので大丈夫と思い、フックと外れ止め装置の間にナイロンスリングが納まっているか否かを改めては確認しなかったこと、原告は、吊荷を上げる際結果的には吊荷が落下する可能性のある地帯に立入っていたこと、原告は、本件事故のときにヘルメットを着用していなかったこと、が認められ、前記認定の外れ止め装置の構造に照らすと、原告はナイロンスリングがフックと外れ止め装置の間に納っていないことを看過して吊荷を上げるように指示したものと推認するのが相当で、吊荷が落下したことおよびこれによって原告が負傷したことについては、原告自身の不用意な行動が原因しているといわざるをえない。しかし、このことにより、本件事故は原告の自己責任で、被告には責任がないというためには原告に安全作業が期待できなければならないから、前記1(六)および(七)のとおり、被告は作業員に対して安全作業につき十分に教育し、作業に慣れないうちは、熟練者といっしょに作業させるなどしてその安全についての配慮を受けうる態勢下で作業させる義務がある。そこで案じるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実、すなわち①被告が、労働安全衛生関係諸法規に照らして作業安全の諸基準を定め、これを労働者に流布していたこと、②被告が、毎年一回社内で玉掛技能コンクールを催し、労働者に玉掛けの安全な作業動作を見せて啓蒙していたこと、また③原告が、昭和四〇年七月に玉掛技能講習を終了し、玉掛作業をなしうる資格を有していたこと(クレーン等安全規則二二一条参照)、そして④原告は、構内作業のときにはヘルメットを被らなければならないこと、玉掛作業の際吊荷の下には入らないこと、ナイロンスリングはフックと外れ止め装置との内側に確実に入れなければならないこと等については、周知していたこと、⑤原告は、本務か否かはともかくとして、木型の整理・管理に携わり、本件事故の前に何度か木型の搬入のために玉掛け作業をした経験を有すること、が認められ、右の各事実によると、被告は原告に対して必要な安全教育をなしており、また、原告の資格・経験・知識に照らして、原告に本件事故時の作業をさせたことは適正さに欠けるところはなかったといわなければならない。
3 したがって、被告は、本件事故に関する原告に対しての安全配慮義務を尽しており、むしろ本件事故は、原告自身の責任に帰せられるべき不注意な行為によって起きたというべきであるから、被告には、右事故による原告の損害を賠償する義務を負わない。
四 結論
よって、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 新井慶有 裁判官佐々木洋一は、東京地方裁判所職務代行を命ぜられたため、署名押印できない。裁判長裁判官 川口冨男)